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  • #1463
  • 2021.07.02

残された時間の中で“夢”と“愛”を育む「こどもホスピス」を長野に 〜信州こどもホスピスプロジェクト 白鳥 代表 へのインタビュー〜

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突然の難病発症後、19歳の若さで逝去されたご長男を、最期は自宅で看取られた白鳥代表。その経験から全国に2箇所しか設立されていない「こどもホスピス」を長野に設立することを決意し、信州こどもホスピスプロジェクト(https://children-hospice.com/)を立ち上げ。ご長男が教えてくれたこと、自宅看護を通じての経験、こどもホスピスの意義についてお話を伺いました。

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    【この記事のポイント】

  • 「自宅で看取ってあげたい」との純粋な想いから自宅リビングを医療機器や介護用ベッド等を設置するため、模様替え
  • 自宅看護は想像以上の苦労があった反面、終末期を共に過ごすことができた喜びも感じることができた。
  • 身体の自由が効かなくなっても「勉強したい」「好きなことをし続けたい」という夢を持ち続け、それがこどもが生きる活力に
  • 余命宣告を受けた我が子への愛情や夢を育む場所が必要と考え、こどもホスピスプロジェクトを立ち上げ
  • こどもホスピスは終末期を迎える子どもとその家族が一緒に過ごす、病院と自宅の中間に位置する第3の場所
  • 施設設立よりも、まずは地域の理解の醸成に努める

やらなかったことの後悔よりも、できることをやってあげたい

− 信州こどもホスピスプロジェクトの設立経緯を教えていただけますか?

きっかけは長男 佑樹(享年 19歳)を自宅で看取った経験からです。

2020年9月1日、佑樹が難病である悪性脳腫瘍 小児脳幹部グリオーマにより、19歳の若さで生涯を終えました。突然の発症から1年7ヶ月の間、力の限り病と闘い続けました。

発病してからの多くの時間を自宅からの通院治療という形で共に過ごしてきました。脳腫瘍が再増大して余命1ヶ月と宣告されてから他界するまでの間、迷うことなく自宅での看護を選択しました。それは佑樹が入院している時に「家に帰りたい」と言ったため、そして、我々家族もそれを望んでいました。

私は親として、「息子を自宅で看取ってやりたい、やらなかったことで後悔よするりも、できることをやってあげたい」との純粋な想いから、佑樹がなるべく自宅で快適に過ごすことができるよう奔走しました。

自宅リビングを模様替えし、医療機器や介護用ベッドを取り揃え、また、訪問入浴サービスを家の中で受けることができるように準備を整え、最期の時を迎えるまで一日一日を大切に家族と共に佑樹と過ごしました。

自宅での看護は、家族に戸惑いがあったことは事実です。例えば、パルスオキシメーターで血中酸素濃度を観察していましたが、値が下がってきた時には痰の吸引が必要となるため、片時も目を離すことができません。また、飲食ができなくなってきますと、毎日、点滴で水分補給栄養補給を行っていました。血管に負担を掛けないようにとの配慮からゆっくり点滴が行われていましたので、点滴終了が夜中になることもあったため、点滴終了後の点滴針を抜くことは家族で行っていましたので、寝過ごして、点滴針を抜くことを忘れないように気を使っていましたし、寝過ごしてしまったときは長女が起こしてくれたりしました。佑樹の「生きたい」という気持ちに答えてあげたくて、また、佑樹の頑張りに家族が励まされるかたちで、家族で協力して自宅看護を行いました。

家族のちょっとした気持ちの変化にも気を配ってくれていて、そんな時は、右手しか動かない佑樹が、その指でベッドをトントンと叩くのです。「僕は大丈夫だよ」と伝えたかったのでしょう。体が自由でない状況でも、家族のことを気遣ってくれる息子の思いに感動を覚えました。

亡くなる数日前に親戚が自宅まで見舞いに来てくれました。その時の「大丈夫か?」の問いかけに対し、精いっぱいの引きつる笑顔で、右手の親指を立てて、Good!と合図をしてくれました。周囲に心配をかけまいと、精一杯の力を振り絞っていたのです。

佑樹は1日でも長く生きようと必死に戦っていました。自宅看護になってからしばらくすると、喋ることができなくなっていたのたため、自分の意志表示の手段として、震える手でスケッチブックに「治るの?」と書きました。時には「死にたい、限界だ」でも「生きたい」揺れる心・不安な心を表現していました。

佑樹には夢がありました。それは「勉強したい」「成長したい」という、小さくとも大きな夢でした。

県立高校への通学が難しくなった後も、進学の夢を見続けていたため、その思いに答えてあげたくて通信制の高校に編入しましたが、体の自由が利かない時も、震える手で一生懸命勉強していたんです。

自宅看護の経験からこどもホスピスの必要性を痛感

佑樹の死後、自宅看護の経験を振り返った時、自宅に帰りたいと願う子どもを自宅で看取ることの難しさを改めて認識しました。自宅看護の条件として、手すりを付けたり室内改装が難しい借家ででないこと、そしてある程度の広い室内スペースが必要であり、金銭的な負担ものしかかってきます。親は仕事も手につかないような状態でも、家族の生活のため、働かなくてはなりません。幸い私は職場に理解いただき在宅でも仕事が続けられましたが、全ての職場がそうとは限りません。看護する側とされる側だけの看護となりますと閉鎖的になり、色々難しい面があります。特に、一番辛いはずのこども自身が家族に対して気を使って、辛さを面に出さなくなる我慢してしまうことがあります。

自宅で我が子を看取るということは、こども達と看病する家族の心身状態、住宅環境や生活環境、家庭環境が整っていないと難しいところが多くあります。病院での入院での看護は、様々な制約のある中で家族全員で一緒に過ごすことは出来ません。

そこで病院と自宅以外の第3の選択肢として、また、病院と自宅の中間に位置する「こどもホスピス」が必要と考えるようになりました。

こどもホスピスは、限られた時間を家族みんなで穏やかに過ごし、こどもがやりたいことしている姿を温かく見守る。また、医療的ケアを受けることができる環境のもと、短時間でも我が子の看護から離れることができる時間を作れるということは、日々看護している家族の心身のリフレッシュにもつながる。同じ悩みを抱える親同士が集い思いを共有することで、多少なりとも気持ちが落ち着く。残念ながらこどもが亡くなった後でも、家族一緒に過ごすことが出来た永遠に色褪せることがない家族で過ごした場所でもあります。

現在全国では2箇所のみ稼働です。世界に目を向けると、ホスピス発祥のイギリスでは主要都市に1箇所設置されています。ホスピスの設置有無が地域の誇りになるほど地域に根付いています。まずは長野に1箇所、いつかロンドンと同じように主要都市に1箇所設置されることを夢に描き、信州こどもホスピスプロジェクトを立ち上げました。

施設設立よりも、まずは地域の理解から

− プロジェクトの運営にあたって、一番の課題は何ですか?

一人でも多くの地域の方にこどもホスピスについて知っていただくことです。先に挙げたイギリスでは地域の理解があるため、地域の支援で成り立っています。ですから初めに施設ありきではなく、それ以前にまずは地域の理解を得ることが大事だと考えて、今は勉強会や講演会、同じ境遇にある方々との座談会、取材等を通して積極的に発信しています。

夢は大きくなくてもいい、小さな夢でも明日への活力に

− 今一番伝えたいことは何ですか?

まず親御様へは、こどもとのいつもの当たり前の日常を大切にして欲しい、と伝えたいです。こどもをもっともっと気にかけて欲しい、こどもに「愛しているよ、大好きだよ」って言って欲しい、時には抱きしめてあげて欲しい

こども達には、佑樹のように、大人になりたくてもなれなかった、生きたくても生きることができなかった、学校に行きたくても行くことができなかった、当然あるはずの未来を見ることができなかったこどもがいたことを知って欲しいです。そして、自分の命を何よりも大事にして欲しい。自ら命を絶つことは絶対にしないでほしい。夢は大きくなくてもいい、小さな夢でも明日への活力になります。将来を信じて、毎日毎日を大切に生きて欲しい。

佑樹が健康な時、私はこのようなことを考えてはいませんでした。だからこそ、多くの親御様やこども達が、当たり前の日常を送ることがどんなに幸せなことか気づいていないのではないかと感じています。

佑樹が身をもって教えてくれた、たくさんの大切なことを、一人でも多くの方々に伝えていきたいと思います。

【インタビュアーより】 ご長男逝去の傷がまだ癒えない中で、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました。小さな夢でも命を燃やす種火になること、親が思う以上に家族の事を思っていること、見落としがちな子どもの一面を佑樹様の命を懸けた闘病の姿から学ばさせていただきました。同時に子を思うが故の看護の大変なご苦労も知ることができました。親を思う子、子を思う親、両者をつなぐのは絆という深い愛。残された時間の中で紡ぐ夢と愛は色褪せることの無い一生の思い出に。その思い出を育むこどもホスピスの実現は私たち一般社会にとって多くのことを伝えてくれる貴重な場所になるに違いありません。心から応援しております。 (2021.6.25 (株)ウィライ 浅田)

キーワード

#こどもホスピス #難病 #自宅看護 #訪問看護 #医療的ケア

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